今回は往年の名機、Beyerdynamic T1(1st gen)の無改造かつ状態が良いものを入手し、実際1年ほど使用した感想を記す。(ちなみに私が入手した個体はディスコン寸前の最後期2015年製のワンオーナーもの。従って初期の「Sommer Kable SC Peacock」のケーブルではない。)
記憶を辿りながら改めて調べると、T1初代は2009年発売、2015年ディスコン、価格は10万ほどでヘッドホンと言えば5万円以下が大半だった当時としてはかなりの高級機で高嶺の花のイメージだったのを記憶している。
同時期の別メーカーのフラグシップがSennheiser HD650やAKG K701あたり。更に音も価格も別格の扱いでultrasone edition7やedition9が位置していた勢力図だった。(オーディオ老人会感)
また、T1初代は当時非常に鳴らしにくいことでも有名で、私もLuxman P-1uで鳴らしたりもしたが果たして鳴らしきれているのか自信はなかった記憶がある。
鳴らしにくいため当時はケーブルをバランス仕様に改造することも流行していて、その影響か現在残存している個体で無改造の美品を見つけるのはそこそこ難しくなっている。(個人的にメーカーが販売した状態で使うのがまともなオーディオと思っているのでこの状況は残念)
ただ、バランスに改造したとしても当時のヘッドホンアンプの性能・駆動力ではなかなか鳴らすのはまだ難しいイメージだった。
その鳴らしにくかったT1初代を現代機(2024年現在)で鳴らすとどう鳴るのだろう?というのが気になり今更ながら入手してみたという次第。
まとめ
Beyerdynamic T1(1st gen)を現代機(2024年現在)で鳴らした場合の音質の代表的な特徴をまとめると下記になる。
Pros
- 音場空間が広大(ヘッドホン全体でも屈指)
- 音と音の距離感が取れる
- 主役の立体的音像定位が独特のリアリティ
- コンプ等で
残念な厳しい音源への特攻 - 鮮度が高い
- アコースティック楽器の再現性は大きな違和感なし
Cons
- 情報量が少ない
- 帯域バランスが高域勝ち
- 低域の量感・質量感が不足
- 上記2項目により表現が明るい・清らかな方向に傾き情念的表現は出ない
- 音源により妙に超高域を拾って辛いものも
T1初代のサウンドの特徴を一言でまとめると、独特の音場構築による空間の広さとボーカル(主役)の立体的な音像定位が白眉で2024年現在でも通用する強みを持った良いヘッドホンだと言える。
その音場構築により、特に近年のアニソンでコンプが重くのしかかっていたり、音数が多すぎて主役と被ってしまっていたり、ディテールが潰れてしまっていたり、等の酷い厳しい音源において、主役にまとわりつくバックの音を無理矢理引き剝がしレイヤーを分けて捌くのには無類の強みを発揮する。
とにかく頭内定位が強制されるヘッドホンで自分と音との距離が取れて音場空間が広く、またその音と音との間の距離も取れることのメリットは非常に大きく他では味わえないもので、ここまで違うものかと感心してしまった。クラシックや音数が多い打ち込み系での音取りなどでもその効果は高い。
他を見ると、一般に「音場が広大」と言われるヘッドホンの代表例にMeze audio EliteやSennheiser HD800シリーズがあるが、個人的にはそれらよりT1初代の方が個人的には評価は高い。前者のEliteは明らかに付加された響き成分で音場を作っており忠実性が乏しく、後者のHD800は全ての音が遠く配置されて主役が主役として立たない傾向にあるためだ。対するT1初代は響きを付加せずきちんと主役が立つ正攻法なのだ。
また、アコースティック楽器の音色・質感・倍音あたりの妥当性もまずまずで大きな違和感は感じにくく、基礎性能も情報量をはじめ今となっては苦しい所があるがまだ聞ける範囲には在ると感じる。
以上、面白いヘッドホンだったので若干ポジ寄りの評価になってしまったので姿勢を正すと、冷静に総合的に見れば2024年現在わざわざこの機種の状態の良い個体を探して購入するほどのものでもない。現代機と比較するとやはり基礎性能はそれなりだし高域勝ちなバランスもあり、メイン機として広い音源を安定して聴くには正直適さない。
だが、この音場空間の構築と主役の立体的な定位は現在でも他では得られないものであり、この点に魅力を感じるのならばサブ機として確保しておくのはアリと感じる。
2023.12.23 総括リスニング
聴取環境はいつもの拙宅システム
MFPC Formula
Playback Designs MPD-8
Bespoke Audio Passive Pre-amplifier
MSB Premier Headphone Amplifier
Beyerdynamic T1(1st gen)
音質
アコースティック楽器の再現性はかなりまとも。違和感が少なく妥当性はなかなか高い。
鮮度が高い
空間定位がとても面白い
高域のバランスが強い
高域の質感が補強されずカサつきシャリつきやすい
情報量が少ない
低域もやや寂しい
質量感が出にくい
という明確なネガはあるものの、何を聞いても決定的な破綻は感じず総合的な出来は良い。
総合力や長所を踏まえると未だに同価格帯(10万前後)の現行機と普通に戦える出来。
音源別雑感
Suske quartet
高域勝ちなバランスのため四重奏全体の音色が若干上擦ったところがある
だが基本的に四重奏の各パートの楽器の音の妥当性はそれなりに高い。かつきちんと描き分けが出来ている
チェロの胴鳴りやは控えめ。深みも乏しい。
ややヴァイオリンの高域がややピリつく時がある。だがうるさいというレベルではない
良いヘッドホン
鬼束ちひろ: 月光
ボーカルの音像の出方が独特。頭の中央にスピーカーで聞いた時のようにポッと立体感を持って現れる。でも嫌な違和感はない。上手い処理の方法
若干ボーカルの質感がカサつく時があるが概ね問題なく纏めている、ボリュームを上げるとアラが見えてくるのでやや小さめの方がこのヘッドホンは良さそう
→久々に鳴らしたので最初の調子が出なかっただけの様。しばらく鳴らすとボリュームを上げても粗はあまり見えなくなった。
ピアノの倍音はきちんと出ている
静謐な印象を与える鳴り方
Steve Smith: Drums Stop, No Good
ちょっとこの音源は厳しい
やはりこの音源は閾値以下のものに関してはかなり厳しい
ペースの低域が寂しい
ペースの音の太さが出ない
ブリブリ感もない
ドラムの音の描写のリッチさがない。
音数が少ない
質量感が不足
硬さを感じる(音数が少ないのも関係している)
ボリュームをかなり上げ目にすると上記ネガはやや改善する
でもやはり音像の芯を強く表現していて周辺や響きなどの情報量が少ない。
ドラムが締まっているというより締めすぎ
上っ面を撫でて淡々とドラムを演奏している様な聞こえ方
ドコドコタカタカ(A.R.Rahman: Dacoit Duel)
これも厳しい。ハゲより厳しいかも
場の響きのある高域を拾っている感じでビビって聞こえる
低域の量感や深みが乏しい
独特の立体感が上手く作用せず裏から聞いているイメージになる
天空のエスカフローネ OST1: flying dragon
結構良い
やはりクラシックの再現性はなかなかのクオリティがある
音数は少なめではあるがそれにより各楽器が上手く距離が取れて俯瞰して鑑賞しているイメージで聴ける
清らかで清々しい演奏に聞こえる
Diana Krall: devil may care
ハスキー系の声質とは合わない
高域の掠れた所や乾いた感じが強調される
ボーカルの立ち方はやはり独特だが面白いし良い。好意的に受け止められる
各楽器のやっていることが見やすい
NieA: 全てを破壊する黒き巨人
やはりクラシックの再現性は良い
距離感が引いて俯瞰して鑑賞するイメージで合っている
やはり各パートのやっていることが分かりやすい
またパートごとに距離が取れているので重ならない
金管がやや耳にクル。やや辛い
精巧な箱庭でのオケの演奏を聞いている感じ
迫力とかスケール感で勝負するのではなくその内部構成の精密さで勝負する感じ
Dazbee: オセロ
高域シャリシャリが強調されてややしんどい
ボーカルのダウナー感が出にくい
やはりボーカルの定位の仕方が面白くて良い
エフェクトがとても見やすい。音取りがしやすい。ここに関しては独特の引いた空間定位との合わせ技で広い空間で引いてみれるので最新ヘッドホンと比較してもかなりレベルが高い
Infected mushroom: U R so f****d
やはり音数が少ない
イェイイェイイェイイェ〜イの音の多重録音の数が少ない
音数が少ないので作り込まれた音の微妙なグラデーション感があまり出ない
押し引きの追随性は早いというより低域の手応えが少ないため上っ面を撫でている感じ。
帯域バランスが下が寂しく感じる
Yumoni & nicamoq: インドア系ならトラックメイカー
ものすごく音取りしやすい
やはりこの空間定位方式はクセになる
ヘッドホンで距離が取れて空間が広いのはこんなメリットがあるのかと感心
低域のドスの効いた音が出ない
しぐれうい: インドア系ならトラックメイカー
1番良いかもしれん
こういう音源を聴くためにあるヘッドホンかもしれん
このボーカルの立ち方はなんか中毒的なものがある
しぐれうい: 粛聖ロリ神レクイエム
これも良いw
コンプの重さを何故かあまり感じさせない
バックのおっさんの合いの手がめっちゃ聞きやすく、かつしぐれういのボーカルが立っているので全然レイヤーが被らない。助かる〜
つまり、録音がよろしくなくコンプかかりまくりで音が被りまくりの残念音源を無理矢理上手くレイヤーを再構築して聴けるようにするのに長けている
Aimer: 残響散歌
これも良いwww
ここまで潰れまくった残響が救われるのは初めてかもwww
素晴らしいボーカルの立ち方、音との距離感、空間のスペースの広さ、ほどほどの情報量による音と音との程よい距離感、超優秀な音の配置のレイヤー分け、低域はほどほど、そしてそれらのベースに基本的に大きく違和感のない再現性、全てが残念音源の再生に向いている
感じ入ったよ
コメント