今回はBoulderのDAC+プリアップ+ヘッドホンアンプ複合機である812を自宅試聴させていただいたのでその感想を記す。大変貴重な機会をいただいた代理店様、ショップ様、ありがとうございました。
Boulder812はヘッドホン用のDAC+ヘッドホンアンプとしてとスピーカー用のDAC+プリアンプとしての2つの使用方法があるが、今回は前者のヘッドホン用のDAC+ヘッドホンアンプとしての音質を主に取り扱う。(最後でスピーカ用として使用した場合についても少し触れる。)
まとめ
Boulder812のヘッドホン用のDAC+ヘッドホンアンプとしての音質をまとめる。
Pros
- バランスが良く纏め方が上手い
- 大きな穴が無い(音の安定感が高い)
- 音の品位が高い
- 素通し感が高い
- コンパクトで軽い
Cons
- 基礎性能はそれなり
- リモコンがない
- wifi機能、Bluetooth機能を切れない
白眉はバランスの良さ、穴のなさ。音色や質感など各方面に十分な妥当性を確保しており、違和感もなく安心して使える良い製品。
更には音の品位の高さもヘッドホン用の機材としては特筆すべき点。上品かつ素朴で安定感のあるボルダートーン(詳細は後述)で表現される音は派手さは無いがじわじわと心に沁み込んでくるもの。「ああ、いい音だなぁ、いい音楽だなぁ」としみじみとした幸せを感じる音はなかなか得難い。
とはいえ、基礎性能はそれなり。税込み209万出すならDACとアンプを個別に選択すればより基礎性能の高いシステムが狙える可能性はある。・・・と思ってしまいがち。だが、実はその場合ここまで上手く纏め切るのは至難の業。よほどの経験値が無い限り何個かの項目で基礎性能は上に出来てもこの機器より穴が多く安定感の無い音のシステムになってしまう可能性が高い。中でも特に音の品位の高さは簡単に上回ることは出来ない。しかもこのサイズ感でこの重量。さすがボルダーと唸ってしまう纏め方の巧みさ。
このバランスと品位はオーディオを調整する中で一番難易度が高い(多くの認知を必要とする)点で、解像度やレンジといった分かりやすい項目だけを上げるより遥かに難しい。それらを保ちながら基礎性能を上げるシステムを自分で組むにはこの機器の価格の数倍を投資して得られる経験値が必要。そういう意味では実はコスパは非常に高い機器と言える。
以上からヘッドホン民には個人的にはかなりオススメ度が高い。
この穴の無さ・妥当性・バランスの良さ・品位の高さはヘッドホン民必聴。一つのベンチマークであり、リトマス試験紙となる存在。この機器に教えてもらうことは非常に多いしこれで終わっても十分。個人的に多くのヘッドホン民に是非とも聴いていただきたい機器。
個別の性能については、前述した様に基礎性能はおしなべてそれなり。その中では暖気が進むと素通し感(素地である音に込められた表現がそのまま透けて見える様な透明感)や質感の連続性が結構上がりそこは例え無差別級で評価してもレベルが高い。ただクロック精度はそれなりの様でクロックに付随する所は暖気してもそれなりに留まる。所謂ハイエンド的な時間軸の精確性が高い凛とした表現は出ないし音飛びもそれなりのまま。音場の広がりもこぢんまりとしたまま。
自宅試聴メモ
試聴環境
試聴はいつもの拙宅のシステムにBoulder 812を組み込んで使用した。
ヘッドホンでの試聴システム
MFPC Formula
Boulder 812
Focal Utopia SG
スピーカーでの試聴システム
MFPC Formula
Boulder 812
Boulder 1060
Marten Coltrane3
補足として、この機器はUSB接続の他にBluetoothやwifiによるAIR PLAY機能等お手軽かつ多彩な再生方法があり、それもこの機器の方向性としてはプラスに評価できる。AIR PLAYを試したがボルダーの品位の高さで上手く方式としての音質の不足分を補っているように感じた。
今回の評価はPCとのUSB接続によるRoonの再生での音質。RoonはRoon 2.0 build1388および1392を使用した。
音以外の使用感等
ボルダーというメーカーからイメージしていたサイズより随分と小さく軽い。このサイズ感と軽さはヘッドホン民にはとても魅力的。やや広めなデスクトップならば、その上に置いて使うことも可能な範囲に収まっている。
連続稼働させていても筐体はほんのり温かくなる程度。夏場でも連続稼働は問題なさそう。
連続稼働による音質の向上度は確実にあるがそこまで大きくなく、かつ向上する項目が限られる。3時間程度の暖気で80%程度の本領を発揮し、1~2日経過すれば95%以上、それ以降微妙に良化するといったイメージ。
USB接続ではAsioドライバーはなくWasapiのみ。
スピーカーとヘッドホンの出力が排他でワンボタンで切り替えられるのは便利。しかもスピーカーで設定したボリュームとヘッドホンで設定したボリュームはそれぞれ別々に記憶してくれているのは大変使い勝手が良い。
ボリューム操作で時折パチっという大きな音がする。結構音が大きく、スピーカーに悪そうな嫌な音なのでここはどうにかして欲しいところ。
音質詳細(vs My Headphone System)
以下は拙宅のシステムで常用しているPlayback Designs MPD-8+bespoke audio passive preamplifier+MSB Dynamic Headphone Amplifierの脳内イメージと比較しての感想になるが、これらを現在の価格で合計すると495+357.5+305.8=1,158.3万(税込み)となり、Boulder 812とは5倍以上の価格差となってしまっている。Boulder 812にはかなり酷な比較なのでこの項はかなり割り引いて(増して?)読んでいただきたい。
総合
基本的にとてもまともで違和感はない。さすがボルダー。
単品で完結するスマートな製品でもここまで各項目をまともに纏めきる実力の高さはさすがとしか言えない。製作者(もしくは製作チーム)の聞き耳の良さが現れている。
個人的に重視度の高い「素通し感」は十分暖気すればアクティブプリとしては最高峰まで伸びる。アクティブプリでも個人的にボルダーしか勝たんという思いを強くした。
正直書斎に置くヘッドホン専用のサブとしてなら十分に欲しい。
暖気が進むとどんどん良くなっていって「ヘッドホンシステムはこれで十分じゃね?」となって困る。
情報量系
ウチのシステムがとても「フレンドリーな音」になる。
情報量はやはりいつものウチのシステムの脳内イメージからは結構落ちる。残念ながらここは「800シリーズでしかないよね」という感じ。
ただし、電子音での音数が多い音楽では、良い意味で空白が表現出来る分いつものウチのシステムよりも個々の音が個別で分離して見やすくなり、ボルダー812の方が製作側の意図に近く音源忠実性は高いと感じる。MPD-8とbespokeコンビでは良くも悪くも音と音の間を埋めてくるのでこういった音楽には向かないのが改めて確認できた。
解像度(描写の微細度)も現代機としては並。いや、価格を考えると並以下と言わざるを得ない。ひと昔前のDACの音の粒の大きさ。2000年代位のイメージ。さすがに今更AD1955Aではつらい。
音の密度感もそれなり。暖気が進めばもう少しミチっとしてくるかと期待していたが連続稼働していてもあまり向上しない。
質量感・厚み
音の厚みもそれなり。ただ時折若干のペラさが垣間見える。
質量感もそれなり。軽くは無いがガッチリとした質量感を感じるレベルではない。可もなく不可もなし。
音場・定位
空間表現や定位はあまり良くない
→連続稼働で結構マシになってきた。空間と音像の両方で立体感が出てきた。ただ音像の収束は暖気してもそれなりに留まる。やはりクロック精度はそれなりでそこで頭打ちになっている。
音色・質感系
音色の偏りも質感の上塗りもほぼ感じない。音源なりのそれらがちゃんと感じられる。連続稼働でこの項目はかなり伸びて無差別級でもトップクラスになる。アクティブのプリでこのレベルの素通し感があるのはボルダー以外に知らない。
音色はアコースティックの妥当性が高い。ただ全てがボルダートーンの基調の上に載る。とはいえ、ボルダートーン自体が素朴で癖の少ない傾向なので個人的には鼻につくものではない。
質感もきちんと表面の産毛が見える系統。ただ情報の絶対量が少ないのでややツルッと感じてしまう所がある。とはいえ音色の連続性があり櫛状の歯抜け感などは微塵も感じさせない。
→暖気が進むとツルッと感じるところがほぼ無くなる。ほぼ違和感はない。
音色や質感の出方は割とDVAS model2と似た所がある。やや情報量不足によるツルッと感があり、キラッとする所が共通する。
→暖気でDVASとは傾向が違う方向に行った。いわゆるボルダートーンになっていく。
※ボルダートーンとは
- 上品だが素朴でやや暖かみがありジェントル。
- 音色のノリはやや淡白でビビッドとは反対の方向にやや傾く。
- 個人的な音色のイメージはやや黄色がかった白色の音色イメージ。
- どっしりとした安定感。
- テクスチャーは連続性が高く尖った所が無い。(ここは良い面も悪い面もある。)
- 2000番台などの上位になると密度感や質量感や描写の微細度がとても高くなるがこの機材ではそこはそれなり。
SN
SNはそれなり。漆黒のバックグラウンドを感じるレベルからは2-3段落ちる。でも悪くはない。
駆動力
ヘッドホンの駆動力は必要十分にある。Utopia SGは普通に駆動出来ていた。ただStealthあたりをドライブし切るかは微妙な線かもしれない(予測)
音質比較(vs ハイエンドヘッドホン複合機)
前項では総額で5倍以上する拙宅の常用システムとの比較論でBoulder 812にとってはかなり酷となったため、この項では私がこれまでに聴いてきたBoulder 812とそこまで価格差が大きくないハイエンド帯のヘッドホン複合機と脳内で比較したい。
vs dCS Bartok+
基礎性能を取るか、バランスや妥当性を取るか。多くの基礎性能ではBartokが、バランス・穴の無さ・妥当性ではBoulder812が優位。
- 情報量、解像度、音の緻密さ、グラデーションの滑らかさはBartokが優位
- 空間の広さ、音飛びはBartokが優位
- クロックに起因する項目(時間軸精度や立上りの速さ等)はややBoulder 812が優位
- バランス、穴の無さ、音色や質感の妥当性、素通し感ではBoulder 812がかなり優位
- 音の品位は両方とも高いがややBartokが野暮ったさのある点で割り引かれる
- 駆動力はBoulder 812がやや優位(これは若干自信がない)
vs Chord Dave
Dave(というかChord)はかなり癖のある飛び道具なので比較が難しい。全方位的に真っ当なのはBoulder 812だが、Daveの表現が好きな人は他では代え難い。
- 音色の発色の良さはDaveが優位
- 情報量、解像度は同程度だがDaveの見せ方が上手くDave優位と感じる人も多い
- 空間の広さは同程度
- 音飛びはDaveが優位
- クロックに起因する項目(時間軸精度や立上りの速さ等)はややBoulder 812が優位
- バランス、穴の無さ、音色や質感の妥当性、素通し感ではBoulder 812が断然優位
- 音の品位は両方とも高いがDaveの極彩色をどう受け取るかで評価は変わる
- 駆動力はBoulder 812が優位
vs Nagra HD DAC
両者は大きな方向性としては同じ方向(自然さを感じる方向)に居る。基礎性能ではHD DACが、音源への忠実性と駆動力ではBoulder 812が優位。
- 基礎性能ではほぼ全項目HD DACが優位
- HD DACは情報を足したり色を載せたりする所があり、音源忠実性はBoulder 812が優位
- ただしHD DACの足したり載せたりは音楽として自然さを感じる方向に働くことが多い
- 音の品位は両方とも高いが、HD DACの方が若干高い
- 駆動力はBoulder 812がかなり優位
vs RME ADI-2 DAC FS(おまけ)
全く価格帯は違うがみんな大好きADI-2さんとの比較も少し触れたい。というのも、あまりにヘッドホン・イヤホン界隈ではいつまで経ってもADI-2が支配的な状態であり、正直それはいかがなものかと感じるから。ヘッドホンは進化しておりいつまでもADI-2が標準となっていては昨今のヘッドホンの性能を正当に評価出来ない。この危い状態が少しでも改善されて欲しいと願っている。そういう観点でBoulder 812はそこから認知を成長させるのに格好の機器なのでここでおまけとして比較する。
ADI-2からBoulder 812への変更で一番重要な点が各種情報の連続性・安定性が高い点。特にアコースティック楽器を聴くとその違いが分かるはず。Boulder 812では楽器の音の倍音や響きが自然に抜けなく連続して安定して描写される。Boulder 812からADI-2に戻ると楽器の音の成分が歯抜けになっていると感じるはず。
この「連続性」はヘッドホン・イヤホン民がブラインドになり易い項目なので、その学習のためにもBoulder 812を聴いてみることをオススメしたい。更に音の品位の高さもこの機器で学習するとよりオーディオと音楽が楽しめる様な認知を得られると思う。
Goldmund Telos Headphone Amplifier2
この他のハイエンドDACヘッドホンアンプ複合機としてGoldmund Telos Headphone Amplifier 2を試聴レビューした記事も書いているのでご興味があればそちらも読んでいただきたい。
スピーカー用のDAC+プリアンプ複合機として(おまけ)
以下は拙宅のシステムのスピーカーMarten Coltrane 3で聴いた感想となるが、現在の価格で2,200万(税込み)となり、Boulder 812からは11倍の価格となってしまっている。Boulder 812にはかなり酷な評価環境なのでこの項はかなり割り引いて(増して?)読んでいただきたい。
一言で言うと、拙宅のスピーカーシステムの音が「フレンドリーな音」になる。ヘッドホンと比較して抜群の描写力を持つColtrane 3だと実力不足が残念ながら結構見えてしまう。「とても普通に鳴ってますね」という感じになる。全方位的に違和感は少ないが一線を超えたハイエンドオーディオにある感動を増幅する様なサムシングがあまり出てこない。
いつもと比較して冴えが足らず覇気が落ちる。音楽の抑揚が平坦になり、表現の幅が小さくなり、伝わってくるものの訴求力が落ちる。(もちろん比較対象は価格が4倍以上のセットなので当たり前ではある)ここはクロック精度とDACチップの性能がそれなりなことが要因だと思われる。
この機器の音質でも十分音楽は楽しめるのでここで留まるか、それ以上音楽から得るモノを求めるか、一線を超えたハイエンドオーディオの領域に踏み込むかどうかの分水嶺的な位置にこの機器の音質は位置する様に感じる。
とはいえ、普通は11倍もの価格の開きがあるスピーカーから音を出すと情報の不足や粗ばかりが目立つ所だが、Boulder 812はそうはならず、上手く不足を補って大きな不足感や違和感がない範疇まで纏めて押し上げてくれていることは特筆すべき点として記しておきたい。
スピーカー用としては、正直ややヘッドホン用と比較して訴求力が落ちるかな?と感じる。というのも、この機器のストロングポイントであるバランスの良さと穴の無さもスピーカーシステムの場合調整しろがヘッドホンシステムより多いためその魅力は薄れる。更にコンパクトなサイズ感の良さもスピーカーシステムではそこまで重視されないことがその理由だ。
それでもこの機器をスピーカーシステム用として導入する場合はその品位の高さを高く評価する場合だろう。単純な基礎性能の高さより全方位的なバランスと妥当度、そして品位の高さ。ここを高く評価できる玄人がコンパクトにシステムを組む時には候補の1番手2番手に上がって来るのではないだろうか。(対抗馬はNagraあたり)
余談だが、この機器を入れた状態のスピーカーとヘッドホンとでの音に対する印象の落差を感じるといかにヘッドホンの不完全性がまだまだあるのがよく分かってしまう。
以下、個別の性能メモ
- スピーカで使用して1番気になってしまうのが音の広がり、音離れの微妙さ
- 情報量、解像度(描写の微細度)もそれなりでやや大粒
- 眼前の空間に広がる音の密度や濃度も微妙なレベル
- 連続稼働での暖気により素通し感や描写の連続性・一体感は高くなるので密度や濃度の微妙さはあまり気にならなくなる
- 音場は前後方向は暖気すればなかなかの深さ。ただ、暖気しても左右平面ははこぢんまりとしている
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