今回は今さらになるがLINNのネットワークプレイヤーKlimax DSM/3について書いてみたい。
Klimax DSM/3は2021年発売なのでこれを書いている2024年4月現在で発売後約3年が経過しており今さら感は拭えない。なぜ今さら書こうかと思ったかというと、私がこのブログを書いている中でその背景にある「私の持つオーディオ機器の音質評価の際の文脈」を読み手の方々とより多く共有できればより多くの事が伝わると思ったから。それには私が今現在「良い」と感じる機器について書くのが分かり易くて良いだろうと思ったからだ。この記事で少しでも私の持つ音に対する文脈が読み手の方々に少しでも共有出来ればと思う。
なお今回の記事で書いたKlimax DSM/3の音質の印象については、数か所で聴いたものから私が受け取った総合的なものになる。また、この記事で書いているのはノーマル状態のKlimax DSM/3についてのもの。2023年11月から開始されたUTOPIK Power Supplyアップグレードを適用したものではないのでその点ご注意いただきたい。 UTOPIK Power Supply については今後別の記事で触れようと思う。
DAC部の評価
Pros
- 音色が多彩で使える色のパレット数が多くかつ彩度も過剰さを感じない範囲で高く色づきが良い(古今東西のDAC随一)
- 表現が軽やかで微妙なニュアンスの変化にも自在に追随する
- 肌理がとても細かい
- 音の品位が高く聞き味がすこぶる良い
- 音色・質感ともに全帯域で表現の連続性が高く安定している
Cons
- クロックが比較的弱い
- 面で押す表現が苦手
- 硬質・鋭い表現が苦手
- 質量感・塊感が弱い
- 制動力・駆動力が弱い
最初にDAC部の評価から。
音色および質感に関する項目は過去存在するDAC随一だと感じる。そしてこの項目では今後もこれを超えるものはなかなか簡単には出てこないだろう。値上げで現在は少し高くなってしまったが、それでもこれらの項目を重視する人は脳死で買っても後悔はしない機器。特にアコースティック楽器を使用した音源をメインで聴く人には強くプッシュしたい。
とにかくどんな楽器をもってきても、どんな奏者の演奏をもってきても、その音色およびニュアンスの表現に関して違和感を感じることがほぼない。これは驚異的なレベル。
微妙な音色の移り変わり、奏者の表現の付け方等への追随性がすこぶる高く、そのあたりのニュアンス表現のレベルが非常に高くまさに「奏者のやっていることが手に取る様に分かる」。このレベルに到達しているのはこのDAC以外は聞いたことがない。
ただ、音色関係では完全無欠かというとそんなことはないのがオーディオのつらい所。その点で数少ない苦手項目はクロックが関係する所。つまりはクロックは比較的弱い。例えば立上りがやや遅くピアノの硬質感ややや冷たさを感じさせる様な表現はやや苦手。
音の肌理が物凄く細かく、かつその非常に細かいメッシュが各個独立して自在に柔軟に動くことが出来る。硬直感、偏りが無い。
柔らかい・軽い方向の表現が秀逸。よって特に木管楽器が凄くリアル。
音色・質感方面以外ではやや凡庸で、ことダイナミクス方面の各項目はやや厳しい所が少なくない。具体的には質量感、駆動力、制動力といった点は弱く、ダイナミックレンジが大きかったり、オンオフの激しい音源はちょっとコレジャナイ感が出てくることもしばしばあるだろう。
さて、かなり褒めてきたが、実はこのDAC部は半分まぐれというか偶然の産物に思える。なぜならそれまでのLINN DSの系譜、もっと遡るとCD12の音からはこの音には到底たどり着かないから。従来はもっと内向的で手堅く上手く纏めて箱庭的な世界で完結する傾向を常に感じてきた。このKlimax DSM/3の様に軽やかに色が移り変わる解放感のある表現はLINNには無かった。
それだけに今回のKlimax DSM3の突然神が降りてきたかのような出来はある種の特異点だと思われる。これは評価されて然るべきだし、実際かなり売れた様に思う。このレベルの機器の球数が多いのはオーディオ界全体としてとても喜ばしいことで、今後中古市場に流れた際にはセカンドオーナー、サードオーナーを喜ばせ、その認知を成長させてくれるに違いない。ショップで見かけたらぜひ一度聴いてみて欲しい。
他のDACとの比較
参考までに私が聴いた経験のある同価格帯の他のDACと脳内イメージでの音質比較を記す
vs MSB Reference DAC (Femto33)
多くの基礎性能及びクロック精度等の音源に入っている音の情報への精確性ではReference DAC。音色や質感、ニュアンス表現等ではKlimax DSM/3が優れる。知のReference、情のKlimax DSM/3といったところ
- 情報密度、微細領域の描写精度 等の基礎性能はRefが少なからず勝る
- ダイナミクス方面の性能もRefが少なからず勝る
- クロックに纏わる項目も大きくRefが勝る。Klimax DSM/3はクロック精度はあまり良くない
- 音色の多彩さや妥当性はKlimax DSM/3が勝る。Refもレベルが高いがやや温度感が高く濃厚で暗めな「MSBの音」に偏る
- 表現の軽やかさはKlimax DSM/3が勝る。Refは基本的に重めで軽やかな表現はやや苦手
vs dCS Vivaldi DAC
基礎性能やダイナミックな表現ではVivaldi。これまた音色や質感、ニュアンス表現等ではKlimax DSM/3が優れる。オーディオ的にやや脚色されたゴージャスな独自世界を楽しむならVivaldi、アコースティック楽器を中心に自然界とニアリーな感覚で楽しむならKlimax DSM/3といったところ
- 個別項目の比較をした場合Refとの比較と似たような言語が並ぶ
- 大きく異なるのはクロック精度。高くないレベルの争いでややKlimax DSM/3が勝る
vs CH precision C1.2
C1.2はざっくり言うならMSB RefとKlimax DSM/3の中間ややRef寄りに位置するイメージ。C1.2も音色は良いが、よりビビッドで音の芯を強く出し直線的でメリハリが効いた表現が得意。Klimax DSM/3はより自然な音色でひらひらと舞う蝶の様に軽やかで緩急自在な表現が得意。
トランスポート部の評価
続いてトランスポート部についての評価。具体的にはショップ等でオススメされるLINN DSの「一般的な使用方法」、つまり一般的なNASもしくはDELA等のオーディオメーカー製のNASを用意してLANで接続してKlimax DSM/3の内臓レンダラーを使用しLINNのアプリで再生した場合の評価について書いていく。
はっきり言ってしまうと一般的なNASもしくはDELA等のオーディオメーカー製のNASを接続した際の音は凡庸そのもの。とても発売時税込み528万(現在は税込み628万)のプライスに見合う性能は有していない。とてもフレンドリーな音になる。
私は初期のKlimax DS/1からDS/2, DS/3と度々所有して聴いてきているが、こと上記の様なNASを接続した場合の音質は初期からほぼ向上していないのではないかと感じる。初期DSは曖昧さの少ない精緻な表現力や高いSNといった点でそれまで主流であったCDトランスポートとは一線を画した音質を有し高い評価を得たが、現状でもその時代のままの基礎性能で来てしまっている様に感じる。
一般的な使用方法で1番不足を感じるのは情報量。昨今のPCを使用したトランスポートはこの情報量が初代DSの時代とは段違いに増えているのだが、その時代に伴う向上に全く付いて来れていない。当時の比較対象は主にCDトランスポートだったのでそれでも十分だったが、当時からはPCのパーツ性能が大幅に向上しその構成のなパーツを使用したPCトランスポートもメーカー製として出て来ている現在において、それらを聴いて情報量の多いトランスポートに耳が慣れた人々にとっては一般的な使用方法のKlimax DSM/3の情報量の少なさは誤魔化し切れない。そういう時代になって来ている。
この一般的な使用方法ではせっかくのDAC部の出来が宝の持ち腐れになってしまう。せっかくDAC部が音色や表現に対する抜群の追随性を有しているのに、根元のNASの部分で出せる情報が制限されているためDAC部が受け取る音色や表現が単純化されてしまい、それがボトルネックになってスピーカーから音として出てくるものもそれなりになってしまう。
以上の様にこの機器を使用するのなら、ゆくゆくはNASを自作PCもしくはメーカー製のPCトランスポートに取り換えることをオススメしたい。その先には思わず笑顔になってしまう、そんな結果が待っているだろう。
プリ部の評価
続いてプリ部の評価。
Pros
- 固有の音を持たない
- 素通し感が非常に高い
- 音痩せがほぼない
- ボリュームによるノイズがほぼなく幅広いボリュームゾーンで高い質感を維持する
Cons
- 音痩せがほぼないが若干音の厚みに不足を感じる
Klimax DSM/3のプリ部を私はデジタルボリュームの一種だと解釈しているが、このプリ部の出来もとても良い。私がこれまで聞いたデジタルボリュームの中ではトップに位置する。
プリは大きくアクティブプリとパッシブプリに分かれ、それぞれオーディオシステムを組む人間がどういう音楽をどう聴きたいのかによってどちらの方式を選ぶのかをまず決めるべきだというのが私の持論。なのでここでは「アクティブよりパッシブに親和性を感じる人にとって」という前提条件を入れておきたい。アクティブに親和性が高い人は別途プリを入れることも考慮した方が良いだろう。
パッシブプリ民が一番気になる点は固有の音を持たないこと、素通し感があること、これらの程度だと思う。この2点についてはKlimax DSM/3はデジタルボリュームなのでとても優秀。とはいえここまではデジタルボリュームなら割と普通に有している素養。
Klimax DSM/3のプリ部の白眉はボリュームによるノイズがほぼないことと音痩せがほぼないこと。これがかなり難しく、中華DACからハイエンドDACまでなかなかこの音痩せとノイズを克服できていないのが現状。しかしKlimax DSM/3はその構造のどこが効いているのか分からないがほぼほぼ克服していると感じる音を聴かせてくれる。
まとめ
以上の様にKlimax DSM/3をDAC部・トランスポート部・プリ部について分けて評価してきた。この項では最後にまとめとして総合的にどうなのかを書いていきたい。
結論から書くと、Klimax DSM/3は総合的にもとても良く出来た機器で多くの人にお勧めできる。特にアコースティック楽器を使用する音源をよく聞き、かつパッシブプリに親和性が高い人はこれしかないと言っていい位プッシュしたい。
逆にpopsやEDM等の電子音を中心とした音源を聴く人はKlimax DSM/3はややピントがずれた選択になる可能性が高い。そういう方は近い価格帯だとCH precision C1.2あたりの方が幸せになれるかもしれない。
税込み628万と大幅に上がったプライスタグが気になる所だが、他のメーカーも軒並み価格が上がっており、一般的な使用方法でのトランスポート部の音はフレンドリーとしてもこのレベルのDAC部とプリ部を有することから依然としてコストパフォーマンスが高い機器だと感じる。
前の項でトランスポート部についてはDSの一般的な使用方法ではやや厳しいと書いたが、そうは言ってもこの機器が有するネットワークプレイヤー機能を使っていても総合的には一定以上のクオリティは出るので、まずは適当なNASと繋ぐ形での運用から開始しても十分満足できると思う。
そして余裕が出来たらNASから自作PCトランスポートかメーカー製PCトランスポートに変更するとグンとKlimax DSM/3の持つポテンシャルが解放されるだろう。個人的にNASをより高価なものにグレードアップする位ならPCトランスポートに行った方が幸せになれると思う。
最後に、少しでも多くの方がこの素晴らしい機器に触れていただけることを祈って締めとしたい。
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