密閉型ヘッドホン3機種試聴レビュー(SENNHEISER HD620S, ULTRASONE Signature MASTER MKII, Austrian Audio Hi-X60)

今回の記事では少し時流に乗っかって2024年5月6月に発売されたばかりの話題の密閉型ヘッドホンの試聴レビューをざっくりと記す。今回試聴した具体的な機種名は、SENNHEISER HD620SULTRASONE Signature MASTER MKII で、比較対象として5~10万円の密閉型ヘッドホンの中では世間の評価が高く私自身も以前チョイ聞きで印象が良かったAustrian Audio Hi-X60も一緒に試聴した。

レビューに於いては、ある程度価格帯を考慮しつつも、「この音源はこう鳴るべき、この楽器はこういう音であるべき」という私の経験値に基づいたイメージを基にいわば無差別級的な観点から評価してい。従って誉め言葉が並ぶわけではないが、一つのブレない尺度に基づいて冷静に評価することを努めているからで、悪意をもって製品を貶している訳ではないことをご理解いただきたい。むしろこの点が当ブログが他とは異なる点でもあるため、一つのものの見方としてそういう感じ方もあるのだなと受け取っていただけると有り難い。

目次

試聴環境

試聴はいつもの中野のショップさんで行った。いつもありがとうございます。

試聴システム

Silent Angel Z1

Boulder 812

Austrian Audio Hi-X60 or SENNHEISER HD 620S or ULTRASONE Signature MASTER MKII

試聴ではBoulder 812をDAC・プリ・ヘッドホンアンプとして使用した。今回試聴したヘッドホンの価格帯から考えてアンバランス感はあるが、試聴をする際に組み合わせるシステムは出来れば基礎性能が上回るシステムを組み合わせた方が評価対象の機器の性能が見やすく、判断も誤りにくいため敢えてこの組み合わせとしている。

なお、それほど鳴らしにくい機種はなく、どれもBoulder 812のヘッドホンアンプ部でも問題なく性能は発揮出来ていた様に感じた。

接続はそれぞれ付属ケーブルを使用。Austrian Audio Hi-X60は6.3mmシングル接続、SENNHEISER HD 620Sは3.5mmシングル接続、ULTRASONE Signature MASTER MKIIは4.4mmバランス接続で試聴した。

Austrian Audio Hi-X60

Austrian Audio Hi-X60の音質

Pros

  • 音色の彩度が高く色乗りが良い
  • 立上り立下りが速くスピード感がある
  • 金属系の音のリアリティが高い

Cons

  • 情報量がそれなりで音像の描写に丁寧さがない
  • 基音勝ちで倍音成分が少ない
  • 特に高域以上が硬くうるさい
  • 低域は一定以下(50Hz位?)はあまり出ない

去年に秋葉原のショップさんでのZMF Caldera試聴のついでに手持ちのShanling H7を繋いでチョイ聞きした際はなかなか良い印象があったAustrian Audio Hi-X60だが、今回はBoulder 812と合わせたことでその性能の限界が見えた感のある試聴となった。

まず良い点から挙げて行くと、音色の彩度、色の乗りはとてもよかった。この点ではかなり優秀で多分この価格帯でここまで色乗りの良いものは無いのではないかというレベルを達成している。そのおかげでボーカルをはじめどんな音源の演奏を聴いていても基本的に活き活きとして聴こえて楽しかった。やはり音色は音楽を楽しむ上でかなりの重要項目である。

次に優秀な点として挙げられるのが立ち上がり立ち下がりが速いこと。スピード感があり、特に金属系の音はリアリティが高い。金属系の音の硬質感、ピアノの冷たさといった所はヘッドホンではなかなか達成するのが難しい項目(実はFocal Utopia SGでもここは苦手)であり、ここが優秀なのは玄人好みの優秀機の感がある。

意外だったのが低域のレンジがやや狭いこと。最低域(50Hz以下)はあまり出ない。前述した色乗りの良さと立上り立下りの速さからEDMが合いそうだと予想したが、かけてみると低域のレンジが伸びずちょっと肩透かしだった。

細かい質感や音色方面はやはり価格なりな所が多い。なんかアタックに変な高域の音が載る。パツって感じの音になる。音像の描写が音像の芯のそのまた芯がメインで針の様。描写に丁寧さがない。音像を構成する成分の描写が足らずプアな音源ほど違和感が高くなる。基音勝ちで倍音成分が少ない。ハモり感が乏しい。特に高域方面が硬くてうるさくなる。木管楽器の質感が厳しい。吹奏楽器の超高域がうるさくて疲れる。等々。厳しいメモが続く。

音は近めで定位は泣き別れ系だがはっきりしていて被りも感じずまともだった。

Austrian Audioの製品では昨年秋に発売されたフラグシップThe Composerについても試聴しレビューを書いているのでご興味がありましたらこちらもどうぞ。

SENNHEISER HD 620S

SENNHEISER HD 620Sの音質

Pros

  • 情報量が多く音像および音場の描写が丁寧
  • 帯域バランスが良く低域も低い所(40Hz)まできちんと出ている
  • 密閉型特有の極端にブーミーな帯域や突っ張った帯域が無い
  • 音場の広がりが良く空気感もきちんと描写出来ている

Cons

  • 音色がくすんでおり彩度が低い
  • 一定以上の高域がスカスカしていて粉っぽい質感。音色も白飛びする

Twitterで巷の反応を見ていてあらかじめ予想はしていたが、評判通りとても良くまとまっている良いヘッドホン。流石はゼンハイザー。この纏め方はなかなか他のメーカーでは難しい。でもちょっといつものゼンハイザー過ぎて優等生で面白くないとも感じてしまったのは内緒

このヘッドホンの白眉はこの価格帯にしてのこの情報量の多さ。そこから来る音像および音場の描写の丁寧さだ。なかなか5万円のしかも密閉型ヘッドホンでここまできちんと情報が出せるのは驚き。出せる情報量が少ないとどんどんデフォルメしていってリアリティが無くなるもの。例えばボーカルの声色の微妙な成分のブレンド具合によるキャラクターの描き分けやニュアンス表現、そういった所が単純化されてしまうのだが、HD 620Sでは10万円台のヘッドホンと言っても良いほど丁寧にそのあたりを描写してくれる。これをやられてしまうと他のメーカーはなかなかつらい。

ただ、そこはこの価格帯ということで全てにおいて一貫してきちんと然るべき情報を出せている訳ではない。高域にスカスカ感があり粉っぽい質感となっている。また高域の途中から上が急に描写が丁寧ではなくなり、音色も白飛びする。といった感じで主に高域を中心に不安定さや瑕疵を抱えている。具体的には、女声ボーカルではハイトーン領域になった途端そのネガが顕在化して質感・音色共に違和感が出てボーカルに浸れなくなってしまうこともあった。更に楽器ではハイハットの音が違和感バリバリ。金属感がなく粉っぽい。スネアの音もペラい。

音色もいつものゼンハイザーで落ち着いた音調。ただ、いつもながらくすみがちな音色でもっと彩度が欲しいところ。全体的に活きが悪く老成した印象に傾く。この観点では先に書いたAustrian Audio Hi-X60の方が明確に良かった。

帯域バランスは普通によい。レンジは高域の伸びは足らないものの、低域は割と低いところまで出ている。例えば(K)NOW NAMEのDDDを聴いても低域で違和感はあまり感じなかった。

音場はとてもまともに広がり、ホールトーンはじめ録音の場の空気感もきちんと描写されていた。これもこの価格帯でここまで出せるのは多分ゼンハイザーだけ。定位についても、例えば編成が大きいクラシックでも各楽器の配置がきちんと追えて違和感が少なかった。

立上り立下りは普通。特筆するほどの特徴はなかった。

ULTRASONE Signature MASTER MKII

ULTRSONE Signature MASTER MKIIの音質

Pros

  • いかにもゾネホン
  • 情報量はそこそこ多く音像を丁寧に描写
  • カッコいい音質で音楽を楽しく演出

Cons

  • いかにもゾネホン
  • 音源忠実性という観点からはやや外れどんな音源も独自の世界観で描写(ただ完全別世界までは行かない)

端的に言うと「いかにもゾネホン」。分かる人はこれだけで分かる音質。低域(60-80Hzあたり)が盛り盛りで塊感と押し出しが強くお腹にドスっと来る。高域はキラキラで独特のリバーブ成分が付加される。ロック系ではキックドラムなどは独特のカッコよさがあり、エレキギターの音も映えてのその旋律に耳が自然と行ってしまう。音楽を楽しく演出する方向性では面白いヘッドホン

ただ、音源忠実性という観点からはやや外れた音質で、どんな音源でも独自の「ゾネホン的世界観」で描写するぶっちゃけこれが「プロユースモデル」と銘打って販売されるのはいかがなものかと感じる。(以下代理店HPより引用)

『Signature MASTER MkII』(シグネチャー・マスター・マークツー)は、Signature MASTERを真のマスタークラスのリファレンスサウンドヘッドホンとするべくユーザーニーズを集め、装着感の向上やバランス接続対応等のアップデートを行った最新プロユースモニターヘッドホンです。

一体どこのユーザーニーズを集めてしまったのか・・・


この宣伝文句を信じて買ってしまい「全然違うじゃん!」となる被害者が出ないことを願うばかりである。

とはいえ、情報量はそこそこ多めで音像の描写は丁寧で間引き感やデフォルメ感は少なく、そこはプロユース的。その情報量の多さのおかげで前述のゾネホン的世界観が乗りつつも音源を根本から改変する所までは感じさせない。この独特かつ絶妙な音源忠実性との付き合い方もまたゾネホン的と言えるだろう。

Ultrasonの製品では往年の名機edition9についても所有しレビューを書いているのでご興味がありましたらこちらもどうぞ。

まとめ

以上の様に、今回の記事ではエントリーからのステップアップとなる5-10万円の価格帯の密閉型ヘッドホンを聴いてきた。さすがは経験値と定評のあるメーカー達が作ったヘッドホンであり、どれも音を描写する勘所をきちんと押さえており聴いていて大きな違和感が出るヘッドホンはなかった

3機種の個別の傾向をざっくりまとめると、どれもある程度の基礎性能のベースを有した上で、音色の乗りが良く色鮮やかに音像が描写出来るAustrian Audio Hi-X60情報量が多く音像・音場の描写が丁寧でデフォルメ感の比較的少ないSENNHEISER HD 620S独自のゾネホン的世界観で音楽を楽しく演出するULTRASONE Signature MASTER MKIIという整理になる。

聴く人の趣向のタイプ的には、活き活きとした音楽を積極的に楽しみたいならHi-X60俯瞰的に構えて音楽を落ち着いて楽しむならHD 620S楽しけりゃぁこまけぇこたぁどうでもいいんだよ!的な人はSignature MASTER MKII、というイメージ。(繰り返しになるがSignature MASTER MKIIをプロユースとして購入するのはやめた方がよい)

いずれにせよ、この3機種はエントリークラスのヘッドホンからのステップアップとして十分な性能とストロングポイントにおける魅力を有していつつもきちんと普遍的なバランスの中に位置しており、良い音で音楽を楽しむには十分なヘッドホンであると言える。正直これでヘッドホンはアガリにしても何ら問題はない。一旦ここで落ち着いて色々な音楽を楽しむことにウェイトを置くのも良いのでは、そう思うヘッドホンである。

あとがき

今回の試聴レビューではこのブログでは初めてこの価格帯のヘッドホンを扱った。そのため若干手探りになった面はあるものの、色々と新鮮でもあった。試聴開始当初はいつもの私の絶対的な音質評価基準全開で聴いてしまい(どうしよう、もう試聴を切り上げて帰ろうか・・・)とも思ってしまったが、20~30分も聴いていると耳エージングが進んでこの価格帯なりの聴き方に慣れてきて結構楽しんで聴くことが出来るようになりホッとした。つくづく人間の感覚はいい加減だと感じた。(だがそれがいい)

と前置きはこのくらいにして、今回エントリーからのステップアップ的な価格帯のヘッドホンを試聴してみて共通して感じたことがある。そのキーワードは「情報量」と「一貫性(連続性)」

今回の3機種ともにある項目ではそれこそミドルクラスのヘッドホンに準ずる性能を有する所もあったが、やはりそういう項目の数が比較的少なくかつその項目の中でも安定感の乏しさが感じ取れた。なぜこうなるのかというと、前述した音源を描写する情報量の総量が少なく、それが色々な項目の隅から隅まで行き渡らず、結果として一貫性の乏しさとなって現れてしまっていると感じた。

それにより、ボーカルでは、複雑な声色の成分がきちんと出し切れておらず、例えば複数人が入れ替わり立ち代わり唄う様な音源ではその個々人の描き分けが上手く出来ずに声が似た感じになってしまったり、また、アコースティック楽器では、倍音の出方が安定せず、歯抜け感が出てきたり、急に違う楽器になったかのように感じてしまったりということが出て来る。

この情報量の総量と様々な項目での一貫性はヘッドホンを始めとするオーディオ機器における価格的ヒエラルキーと概ね相関関係がある。これがミドルクラスになるとより情報量の総量が増え、一貫性もより広い範囲で確保されてくる。

このようにオーディオにおいては機器の性能が上がるにつれてそれまで単純化されていたり、偏ってしまっていたり、飛んでしまっていたりした情報がきちんと出せるようになることで音色・質感・表現力といった各種のリアリティが上がっていく。これこそがオーディオを突き詰めて行く楽しさの一つであると思う。

今回の記事で取り上げた機種にご興味のある方は、是非一度より上位の機種群も聴いていただきたい。同じメーカーの上位ならその違いが分かりやすいのでお勧めだ。きっと今まで聴いてきた音源からより深くより魅力的に楽しむことが出来る点を発見出来ると思う。そしてそこに価値を見出したなら、是非オーディオのより深い領域に足を踏み入れて欲しい。

オーディオのより深い領域にご興味のある方は音の捉え方について紹介した以下の記事もご覧いただきたい。

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この記事を書いた人

主にオーディオについて感じた事を書いています。
古いクラシックがメインですが、新旧ジャンル問わず音楽を楽しむスタイルです。

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